2003年 センター試験  記事 : 平木柳太郎 (115)
 平成15年度大学入試センター試験の旅。2003/1/18-19。

バス乗り場へ続く長蛇の列 〜市電&バス争奪戦勃発〜
 センター試験初日。3年間の富校生活を耐え抜いてきたのは今日のためと言っても過言ではない。(あくまで筆者の場合。)
 試験開始の10時までに脳の働きを活発にするため、筆者は6時に起床。それから朝食などを済ませ、8時の電車で富山駅へ向かった。 富山駅到着直後、筆者は自分の目を疑った。市電・バス乗り場へと続く長蛇の列が、JR入り口近くのコンビニまで続いている。 諦めの苦笑いの表情で最後尾に並ぶ学生達。しかし、筆者は違った!『ここは戦場だ!もう戦いは始まっているんだ!』 そして筆者と精鋭5名は、伝説の技を使うことにした。それは・・・逆走、である。市電の駅を富大とは反対側に一つ戻るのである。 ず〜っと並んでいる人達(山田君情報によると40分待ち)を哀れみの目で見つつ、待ち時間5分という自分達の素晴らしい行動を褒め称え合いながら、試験会場の富山大学へと到着した。

富校教師陣 〜富校教師陣のお出迎え〜
 富大正門から中に入った瞬間、見覚えのある顔が集まっていた。富校教師陣である。それぞれの担任の周りに富校生が群がっている。 握手を交わし、チョコレートをもらい、適度な緊張を保って試験室へ向かう。
 見知らぬ制服ばかりだが、心なしか尊敬の眼差しを感じる。(かなりの思い込みである。笑) デジカメで撮影していたのは筆者だけだったが、何か不思議な生き物を見るような眼差しを感じた。そして英語の試験が始まった。

休憩時間の試験室 〜緊張の幕開け〜
 9時40分に入室し、9時50分から受験上の注意が読み上げられる。(全ての科目で同じことが繰り返される。) ある試験室では、隣のマークシートが見えるほど近い座席配置だったらしいが、そんなことは気にしていられない。自分との勝負だ。 しかし、筆者の隣には開さんが、後ろは開くんがいて、妙なプレッシャー(?)を感じた。
 マーク模試と全く同じ形式なので慌てることはなかったが、どこかでミスを犯してそうで不安になる。そして、英語が終わった。

休憩時間の哀愁と苦笑い 〜簡単?だった英語〜
 『英語、無茶苦茶簡単じゃなかった?』と自信満々の友人。難しかったと感じたのは自分だけだろうかと、少し不安になった。
 90分の休憩の後、地理Bが始まった。睡魔と闘いながら何とか解き終えた。 この頃には既に緊張感はなく、散歩に出かける人を多く見かけた。
 そして、魔の数学が始まった。

センター試験受験番号表 〜魔の数学〜
 数学(1)が始まり、気持ちの悪い汗が首筋を流れた。見たことの無い問題形式ばかりだ。60分間がとても短く感じられた。 ため息とともに休憩時間に入り、あちらこちらで問題に対して文句を言っている。大半が落ち込む中、数学(2)が始まった。 受験者としては、数学(1)が難しければ(2)は少し易しいだろうと期待するものだ。しかし、甘かった。(1)以上に苦戦した。 初日最後の60分が終わった後、英語が簡単だと言っていた友人から自信のオーラが消えていた。
 富校教師陣は帰りも待機していた。担任の前で泣き出す女子、大学入試センターに文句の電話をかけると意気込む男子。 誰一人として自信を回復できないまま、センター試験初日が終了した。


富大正門付近 〜二日目の挽回を目指して〜
 センター試験二日目。筆者は初日と同じ電車で富山駅へ向かった。 やはり長蛇の列は今日も続いていたが、心なしか昨日よりも人が少ない。市電を逆方向に歩いていて、その理由がわかった。 筆者達と同じことを考える人が増えていたのだ。それでもやはり、待ち時間はほとんど無く、落ち着いて富大へと向かった。
 初日と同じように担任に挨拶し、試験室へ向かった。 受験生控え室は、初日とは全く異質の雰囲気で包まれていた。誰も喋らずに勉強している。 数学がよほどショックだったのか、二日目で挽回しようという気持ちが伝わってきた。そして国語が始まった。

休憩中の美女達 〜難関だった国語〜
 まずは評論文。読みやすい内容で、適度な速さで読み進められた。 1ページ、2ページ・・・んっ?何かが違う。そう感じたのは筆者だけではないだろう。 今回の国語、文章の量が多かったようだ。評論文が終わった時点で30分が経過していた。80分中の30分・・・焦るほか無い。 続く小説も、古文も漢文も、センター対策問題集以上のレベルであった。そして、国語が終わった。
 ここまでくるともう、笑って誤魔化すしかない。ある試験室では、『二浪決定だぁ〜!!』と叫んで出て行った人がいたらしい。 (同じ場所にいた人達は心の中でどれだけ笑ったことか…。) 初日の数学、二日目の国語で精神的に追い詰められたのだろう。
 その後、理科(1)・理科(2)が行われた。文系で理科を二科目受験する人は少なく、空いている席が目立つようになった。 今年の理科は比較的簡単だったようで、やっと安心の笑みが見られた。
 そして最後の公民である。自由受験だが、理科よりも受験者が多かった。 今年は地理が難しかったので、筆者のように公民で助けられた人がたくさんいただろう。これでやっと、センター試験が終了した。

闘いきった勇者達 〜採点、そして富校生たちは…〜
 富大正門へ向かうと、やはり富校教師陣が待っていた。初日と同様、担任の前で泣き出す女子が数名いた。
 明日は自己採点である。筆者と元赤鳳団の団リーダー数名は、気分を盛り上げるために外食に出かけた。 何度も『もうテストの話は無しね!!』って明るく約束したが、数分後には誰からともなく『○○の問題どうだった?』と語られ始めた。 最後は何とか違う話題で盛り上がり解散となった。
 この日の夜、我慢しきれずに新聞やネットの解答で自己採点した人も多かったようだ。 成功した人、失敗した人様々であろうが、この2日間のために努力した自分を誇りに思ってもらいたい。

 翌日、学校で進研駿台の解答による自己採点が行われた。理数科では皆、淡々と済ませ、担任の先生に提出しに行った。 いつもは静かな友人が妙に興奮して話しているのが印象的だった。普通科では、採点中に泣き出す女子が何人もいたようだ。
 自己採点の結果は進研駿台や代ゼミ、河合塾へと送られ、センターリサーチとして志望大学の合格可能性が判定される。 センター試験で、ある程度の進路は決まってしまう。後輩諸君には、自分に与えられたチャンスを十分に生かしてもらいたいと願う。



1999年 センター試験の記事

    もどる  表紙へ